寺院紹介


日蓮宗 宗旨
日蓮宗 宗旨
昭和期
昭和期

当山は総本山身延山久遠寺、大本山正中山法華経寺の末寺として、創建された日蓮宗寺院です。

山号を妙見山、寺名を廣龍寺と称し、御本尊は久遠実成の本師釈迦牟尼仏。

拠り所とする経典は妙法蓮華経。南無妙法蓮華経の御題目をお唱えします。

 

当山の過去帳によれば、宗祖である日蓮聖人の直檀、曽谷入道の孫で、日合上人の舎弟「廣龍院日護上人」によって開基・開山されたと記されています。しかし、その創設は1338年~1573年と定かではありません。

 

本堂は1674年(延宝2年)焼失、その後再建されました。これは、正中山法華経寺第39世蓮性院日相上人が書いた棟札が現存していることからわかります。

 

1956年(昭和31年)に茅葺だった屋根を瓦葺に改修しました。

 

本堂に安置されている祖師像(日蓮聖人像)御頭内には、1829年(文政12年)吉日、松戸住竹内源八と書かれていますが、その時の作か修復かは定かではありません。

 

山門前には、村内(紙敷村)に悪霊が入ってこないようにと、1852年(嘉永5年)銘の庚申塔が建てられ、1988年(昭和63年)12月15日、松戸市の有形文化財に指定されました。

 

妙見堂に安置されている北辰妙見菩薩の尊像は桓武天皇後胤千葉大隈守平胤貞公軍陣鎮護の尊像にして、正中山法華経寺第3世浄行院日祐上人から廣龍寺開山廣龍院日護上人に授与されたとの所伝を残しています。

 

1998年(平成10年)10月15日、当山第43世一妙院日仁上人によって本堂新規建立しました。


住職挨拶

私の父はお寺の二男ではありましたが、自身の希望で仏門に入ることなく一般的な職業に就きました。

そのようなこともあり、お寺で4歳までは過ごしましたが、その後引っ越し、別地域の一軒家で育ちました。

 

大学では経済学を専攻し、卒業後は一般企業に就職しました。

その後、仏縁をいただいて仏門に入り、20数歳にして一から仏教の勉強を始めることになりました。

 

師匠である祖父が高齢ということもあり、仏教、何よりもお経についての教導は困難でした。

そこで、仏教大学に編入学。また、教授に相談し、お経の先生を紹介していただきました。

まさに寝る間も惜しんで猛勉強の日々。

 

お経の先生が仰られた言葉は、私の僧侶としての在り方の基本であり、支えとなっています。

 

「上手なお経よりも、有難いお経を唱えるお坊さんになって下さい。

在家で育ったあなたは、お寺で育った方とは異なる、あなただけの経験と感覚を持っています。

それを素直にお経に乗せて、聴く人の心に寄り添ってあげて下さい。」

 

仏事を通して繋がった御縁ある方々に「有難いお経」と言っていただけるよう、日々精進して参ります。

 

南無妙法蓮華経


寺業履歴

檀信徒の皆様からお預かりした御布施や会費は、固定法要費の他に寺院護持・運営のため、大切にご活用させていただいております。


境内案内

廣龍寺には、様々な御像が建立、安置されお寺を御守護してくださっております。

また、桜、紅葉、百日紅、銀杏、柘榴などの木々が、四季折々の姿を見せてくれます。


年中行事

年数回の檀信徒合同法要があります。

夏の施餓鬼会は組寺と呼ばれる廣龍寺近隣寺院の住職6名にお集まりいただき営みます。

多数の僧侶で営む法要は華やかで、読経も迫力があります。